「答えのない市場」で40年 ― 元バンク・オブ・アメリカの為替ディーラーが語る、相場と投資の心構え
1982年にバンク・オブ・アメリカに入り、為替ディーラーとしてプラザ合意やバブル期の相場を最前線で経験した山中さん。日興シティを経て2002年に独立し、今も個人で為替・株・コモディティの取引を続けています。投資初心者が多い編集部が、キャリア、相場観、情報との付き合い方まで伺いました。
山中さん(元バンク・オブ・アメリカ 為替ディーラー・個人投資家)
法学部から為替ディーラーへ
慶應義塾大学の法学部法律学科に在籍し、ゼミでは憲法(国政調査権や議員定数不均衡)を研究していました。大学3年までは、国家公務員の上級職(警察官僚)を目指していたそうです。
ところが4年になる頃に景気が良くなり、民間企業も見て回るようになります。ゼミの先生の紹介で、為替専門の東京銀行に入る道もありました。そんな中、バンク・オブ・アメリカで「君の好きなことをやらせてあげる」と言われ、会社訪問で最初に会った先輩がディーラーだったことから入行を決めます。
「最初からやりたかったというより、話を聞くうちに面白そうだと思って流されていった」と振り返ります。
惹かれたのは、巨額のお金が動く世界でした。銀行間取引の最低単位は100万ドル。山中さん自身は最低でも1,000万ドル、多い時は4億ドルを動かしていたそうです。
それでも金銭感覚はおかしくならなかったと言います。「取引記録に『1』と書けば100万ドル。あくまで紙の上の数字で、生活とは別の世界」。ただバブル期には、28歳のときに会社帰りにポルシェを買いに行ったこともあったそうです。
そんな為替について、山中さんは「売買」ではなく「通貨の交換」だと強調します。
株は企業価値が上がる=株価が上がるのが正解。でも為替には正解がない。極端なことが起きない限り、自分の思惑でやるしかない。だから為替は一番難しいと言われるんです
最大の成功体験はプラザ合意
1983年以降、輸出入の裏付けがある取引しか認めない「実需原則」がなくなり、為替の取引量は5〜10倍に急増しました。円安のピークは1985年2月の約263円です。
同じ年の9月、ドル高を是正するために主要5カ国(G5)がニューヨークのプラザホテルで合意します。これがプラザ合意で、242円だったドル円は年末に200円まで円高が進みました。
このとき山中さんは入行3年目でした。本来はシカゴで研修を受ける予定でしたが、受け入れ側の都合でニューヨークへ。現地の日本人担当ディーラーが急に入院したため代役を任され、その翌週にプラザ合意が起きます。帰国できないまま取引を続け、大きな利益を出しました。「いろんな偶然が積み重なって、その後につながった」と言います。
リスク管理の工夫
- 日中のポジションは無制限、翌日への持ち越しは3,000万ドルまで。1日に7円動く日もありました。
- ニューヨーク勢がドル安を見込む一方、東京勢は「絶好の買い場」とドルを買い、東京時間に損切りにかかったことが2度ほどあったそうです。
- そこでポジションを小さくし、翌日まで耐えられる形に変更。東京の見方が変わってから、思い切って攻めました。
出口戦略の大切さ
分析を重ねても、いつも相場が予想どおりに動くわけではありません。そこで山中さんが重視するのが出口戦略。出口戦略とは、損益がどこまで膨らんだら取引をやめるのか、利益はどの段階で確定させるのかをあらかじめ決めておくことです。
一定の損失額に達したら損切りする「マネーストップ」はその一例です。たとえ利益が出ている場合であっても、含み益が最大時点から3割ほど減ったら利益を確定しておくなど、補助的なルールを設けることがあるそう。
また、損益が出ている場合も、損切り注文を置いて後はあまり見ないこと。その時その時の感情に任せて、自分に課したルールを変えないことが大切だと言います。
長年この世界にいると、職業病もあるそうです。
- 目覚まし時計を一度も使ったことがない。ニューヨーク市場が閉まる前の時間(夏時間は5時半、冬時間は6時半)に自然と目が覚め、寝ている間に起きたニュースを確認するのが一日の始まりです。
- 30代から降圧剤を飲んでいる。一日中プレッシャーがかかる仕事だからだそうです。
それでも続けてこられた理由は「プレッシャーより面白さが勝ったから」。「良くも悪くもワクワクドキドキする世界」だと言います。
若い世代へ ―「なくなってもいいお金」で始める
この道はおすすめかと聞くと、答えは「あまりしない」でした。
ニッチな世界なので、将来投資家になると決めている人の修行の場としてはいいものの、まずは視野を広げてほしいとのことです。今はAIやアルゴリズムが欠かせず、理系が有利になっています。文系の自分は経験則で戦ってきたが、その経験則が通用しない場面も増えたと言います。
では、投資を始めるときの心構えは何か。
無理をすると心に余裕がなくなる。心に余裕がないのは、そもそもスタートラインに立っていないということ
借金で投資を始めると、まず借りたお金を返すことから考えなければなりません。それでは勝てるものも勝てない、と山中さんは言います。
25歳の1,000万円と65歳の1,000万円では意味がまったく違います。だからこそ「最悪なくなってもいいお金で始める。まずはそのお金を貯めることから」。
若いうちにやっておくべきこと
- 日本経済新聞に書いてあることを理解できるようにする。業界の人は、新聞に載る程度のことは当然知っている前提で動いています。
- 余裕があればウォール・ストリート・ジャーナルやフィナンシャル・タイムズも読む。
- 紙面は一覧性が高いので、興味のあるキーワード(山中さんなら「ドル円」「米財務省」など)でクリッピングしておく。
個人投資家の戦い方と、情報の捨て方
機関投資家が大きな金額で動くと、取引量の少ない銘柄や通貨は太刀打ちできません。だからまず、取引量の多い「王道」を選ぶこと。
機関投資家は1カ月〜半年といった長い目線で動くので、個人に分があるのは短い時間軸です。「FXで儲けている人の8割はデイトレ以下」だそうです。
取引する銘柄・市場と、時間軸。この2つが、個人でも勝てる可能性のある世界
相場が動かない時は、時間軸を短くして取引回数を増やします。そして広く見ること。山中さんは常に8つの画面を見ています。ドル円、ユーロ円、ユーロドル、金、原油、米10年債、S&P500先物、日経225先物です。「全部が動かないことはない」と言います。
情報については、何を見るかより「何を捨てるか」が大事だと言います。
- X:早くて比較的確かな情報が多い一方、9割以上は見てはいけない情報。信頼できるアカウントを10個ほど追うのがよい(例:Financial Juice)。
- 日経の速報:金融では国内で最も当てになる。
- 見ないもの:テレビ局の金融ニュースと、日経以外の国内紙。「間違えられて損しても、向こうは訂正記事を出すだけ」。
- 例外:時事通信の「本石町日記」。ブルームバーグやCNNは「第2グループ」。
判断の材料は、CPIや失業率などの数字と事実だけで、他人のレポートは一切読まないそうです。ただし初心者は、まずエコノミストの見方を参考にし、人によって言うことが違うと気づくところから始めるべきだと言います。
どんなことにもプラスの面とマイナスの面がある。それは忘れちゃいけない
インタビュー担当者の感想
「為替には正解がない」と語る山中さん。それでも40年以上、数字と事実だけを頼りに自分のシナリオを組み立て、相場と向き合い続けてきました。プラザ合意での成功も、本人に言わせれば「偶然の積み重ね」。ただ、その偶然を成果につなげられたのは、損切りに耐えられるようポジションを調整し、市場の見方が変わるのを待てたからこそだと感じました。
投資初心者の多い私たち編集部にとって、いちばん響いたのは「なくなってもいいお金で始める」という言葉です。心に余裕を持つこと、新聞を読めるようになること、情報を捨てること。どれも学生の今から始められることばかりです。
本記事は個人の見解であり、特定の銘柄・手法を推奨するものではありません。