LLMは織り込みを予測するのか??
8月17日から18日にかけて、仙台国際センターで開かれたYANS2026(第21回言語処理若手シンポジウム)に参加してきました。
YANSは、自然言語処理を扱う学生と若手のための学会で、昨年は570人ほどが集まっています。JPSIのリサーチャー部でこの夏に進めてきた研究を、ポスターにして持っていきました。
持ち時間は1時間10分で自分の研究を発表させていただきました。
決算が良くても、株価は上がらない
JPSIのリサーチャー部で、6月から「LLMは株価への織り込みを予測するのか」というテーマで研究を進めてきました。
投資をやっている人ならご存知かと思いますが。いい決算が出たのに翌日下がる。悪い決算なのに上がる。
株価が反応するのは決算の中身そのものではなく、市場の事前の期待との差だからです。アナリストの予想、会社が出す業績予想、事前の報道。そういう経路を通って、決算の内容は発表される前から少しずつ価格に入っています。これを「織り込み」と呼びます。
では、AIはこれが分かるのか。それが今回の研究テーマでした。
決算書は固定して、チャートだけ差し替える
現実のデータを使うと、業績のいい会社は決算前から株価も上がっていることがあります。そのため、AIが決算の中身を見て判断したのか、直前の株価の動きにつられただけなのか、区別がつきません。
そこで、決算短信は実物のまま固定して、添える株価チャートだけを差し替えました。「なし」「横ばい」「上昇」「下落」の4条件です。決算短信の側は、内容にもとづいて「好決算」「曖昧」「悪決算」に分けてあります。
チャートは3本とも、最後の終値を同じ値に揃えました。終わりの値段が違うと、モデルが反応したのがトレンドの向きなのか株価の水準なのか分からなくなるからです。
見せる順番も決めました。まず決算短信だけを見せて「好決算」「曖昧」「悪決算」を判定させ、その答えを記録し、この判定は教えずに決算短信だけをチャートと添えてLLMに予測させました。
企業名や銘柄コード、年号や製品名は伏せました。伏せないとAIが企業を特定して実際の株価を思い出してしまい、渡したチャートと食い違っていることに気づいてしまうからです。
モデルに渡したのは、20営業日分の株価表と、正規化した決算短信サマリーです。聞いたのは「翌営業日の始値が、本日終値からどれくらい変わるか」。回答はJSONで受け取り、上昇確率、確信度、判断の主因、そして「すでに織り込まれていると思うか」とその理由まで出させています。
決算短信98件に4条件を組み合わせて、それぞれ2回ずつ。合計784回、同じ質問を投げました。
最新モデルは「もう織り込まれている」と言った
結果はモデルによって割れました。
旧モデル(GPT-4.1) は、好決算・悪決算については、チャートの向きを変えても予測がほとんど動きませんでした。好決算はチャートが下落でも上昇でも87.9%と87.6%。悪決算も12.7%と12.9%です。動いたのは決算内容が曖昧なときだけで、こちらは43.5%から32.6%へ、11ポイントほど下がりました。決算がはっきりしていれば決算だけを見て、判断に迷ったときだけチャートを参考にする、という挙動です。
最新モデル(Claude Fable 5、GPT-5.6 Sol) は違いました。株価チャートが上向いているほど、翌日の上昇確率を低く予測したのです。好決算で見ると、Claude Fable 5 は71.9%から62.8%へ、GPT-5.6 Sol は73.2%から62.7%へ。曖昧でも悪決算でも、同じ向きに下がりました。
理由欄を読むと、「すでに上昇しており織り込まれている」という記述が繰り返し出てきます。教科書どおりの判断を、言葉でも数値でも一貫してやっていたことになります。
これはチャートだけを見せた場合はそのトレンドに従って次の日の上昇確率を予測したことから、ただ逆張りをして予測していただけではないとわかりました。
そして3モデルに共通していたのが、チャートを見せること自体が予測を動かすという現象でした。図4の白丸がチャートなしの条件です。横ばい、つまり情報としては何も足していないはずのチャートを添えるだけで、好決算では上昇確率が上がり、悪決算では下がる。これは3モデルとも同じ向きでした。チャートの向きではなく、チャートがそこにあるかどうかが影響を与えています。
投資でLLMを使うなら、モデルが「織り込み」をどう解釈するかまで込みで考えないといけない。それが今回の結論です。
会場で
当日は説明を声に出して練習し、想定質問を潰す作業を続けていました。
しかし、最初の10分、誰も来ませんでした。周りのポスターには人が集まっていて、その話し声だけが聞こえてくる。
最初に足を止めてくれたのは、YANSの運営の方でした。「興味深い研究だね」と声をかけてもらって、これが本当に嬉しかった。
そこから人が流れ始めました。大学院生、社会人、それから自分より年下に見える高校生まで来てくれました。投資をやったことがないという方から、投資分野で研究されている方まで幅がありました。
一番多かった質問はこれです。
「で、AIの予測は当たってたの?」
今回の実験は、そもそも正解を用意していません。予測の精度ではなくAIの偏りを見つけることが目的だったからです。実際の株価との照合は、ポスターにも今後の課題として書いています。それでも毎回同じことを聞かれるということは、みんなが最初に知りたいのはやっぱりそこなんだと分かりました。
「大学一年生、頑張れ」と声をかけてもらったのも嬉しかったです。自分が時間をかけたことに興味を持ってもらって、質問してもらえる。こんなに嬉しいことなんだと初めて知りました。
それでも、また研究がしたい
正直に書いておくと、実験の設計から分析、ポスターの下書きまで、かなりの部分をAIに任せました。自分の力で立てた成果だという感覚は、まだ薄いです。着手する前に「任せていいこと」と「自分でやること」を分けておくべきだった、というのが反省です。
それでも、地道な作業の積み重ねが最後に人の前で形になる経験は、とってもいい経験でした。研究者がなぜ研究をするのか、その面白さも少しは分かった気がします。卒業論文が今から楽しみです。
最後に。この経験ができたのは、研究の進め方から発表準備まで見てくれた先輩と、学会参加を支援してくれたJPSIのおかげです。ありがとうございました。